松本歯科大学 准教授 歯学博士 松尾浩一郎先生インタビュー

ひとりひとりに合った、安全な食事を提供するために

──松尾先生が行っている、食についての取り組み(活動)についてお聞かせください。

病院で摂食・嚥下リハビリテーション外来で勤務しています。
摂食・嚥下リハビリテーションとは、障害を持った方に対して適切な食事が提供できるように診察し、リハビリテーションで機能が回復するように訓練を行います。摂食・嚥下障害とは、高齢者の方が脳の病気(脳卒中、認知症など)になると、「食べる」機能が落ち、普通に食べることができなくなるという障害です。
摂食・嚥下障害で機能が落ちた方には、その方にあった食事を提供するように検査・診察し、リハビリを行っています。診察する場所は、歯科大の外来だけでなく、高齢者施設等に訪問診察も行います。訪問先でも内視鏡等で診断・評価を行っています。栄養士の方や食事を介護する看護師、ケアマネージャー、ケースワーカーと話をして、介護される方がどういうものを食べたら安全なのか診断を行っています。
また、出向している他病院でも、入院中の患者さんの摂食・嚥下障害について診ています。

──診察の際の内視鏡では、どんな判断をされているのでしょうか。

食べて飲み込むところを診察するために、内視鏡を鼻から入れて喉を診ます。実際に内視鏡を入れたまま、食事を食べていただきます。内視鏡は直径3.5mmくらいの細さで、痛みもありません。食事の際の喉をみると器官が見え、誤嚥かどうか判断ができます。誤嚥の場合は、食事を柔らかくします。(ごはん→おかゆ、おかゆ→ゼリー、ペースト状にしています。お水で誤嚥してしまうようなら、とろみをつけます。)
内視鏡で診察することで安全で適切なレベルを判断できます。喉までの診察なので、楽に内視鏡での診察ができ、往診でも可能です。普段の食事を普段の姿勢で食べていただき、その食事の様子を診察します。

「不慮の事故」による死因で最も多い「窒息」

──嚥下機能の状態にあった安全な食を内視鏡を使うことで判断できるということですが、食に「安全」を求める背景を教えてください。

高齢者の方は、誤嚥性肺炎と窒息死が問題です。実は、「不慮の事故」による死因の1位が窒息死で、交通事故より多いのが現状です。窒息死というと、お子さんが詰まらせるイメージになりがちですが、実際は75歳以上の方が8割以上を占めています。こういった状況からも嚥下における検査は大事で、窒息の原因としては、お餅が一番多いですが、流動食やおかゆでも窒息されている方は多くいます。窒息しそうにないものでも窒息の原因になります。

高齢者の方が、嚥下機能が落ち、歯もない状態でも今までと同じ物を食べて飲み込んでいる・・知らず知らずのうちに機能が落ちていて、普段は何とか食べているが、ある拍子に詰まって窒息死してしまう、または、気づかないうちに肺に入り、肺炎になってしまうということがあります。
これから高齢者が増えるので、これらは大きな問題になってきます。日常で食べているものを診察して、より安全においしく食べていただきたいと思います。

──高齢者の窒息死が、こんなに多いとは知りませんでした。予防として、嚥下機能を診断してもらうことは、命を守るために大変重要なことなのですね。

現代の高齢者では嚥下の機能が落ちている方が多く、その中でも病院で診ている方は肺炎や、食べ物が飲み込めなくなったために栄養状態が低下して、入院してくる方がほとんどです。そのような状態になる前に予防的に診察ができると健康長寿でいられます。ちょっと心配だなという時(むせる等)に診察していただきたいと思います。

──簡単に検査が出来るとありがたいのですが。

人間ドックや健康診断の中の検査として、第1次に簡単な飲み込み検査、内視鏡を使う第2次検査というように段階を設けることができるといいですね。

世界で一番「胃ろう」の多い国、日本

──「安全な食」に向けて、他に課題になっていることはありますか?

嚥下と反対側の面で胃ろうも問題になっています。胃ろうは、1990年後半から爆発的に増え、日本は世界で一番多い国になりました。
胃ろうによって栄養状態が改善し、経口からの栄養摂取が可能になっても胃ろうでの栄養摂取に頼ってしまうために、経口から栄養を取る機能を低下させてしまいます。例えば、病気(脳卒中など)の急性期では食べられないが、全身状態が改善してきて、リハビリすることで食べられるようになる場合もあります。胃ろうにしてあれば、食べる機能が戻ってきても、栄養はチューブからになります。栄養状態を完全するには胃ろうは必要ですが、回復できる人もいるので、適切に診察してリハビリすることで、その人にあったものが食べられるようになります。三食すべてでなくても、一食は経口で食事をするということも可能です。
ここでも誤嚥性肺炎の問題がなくなるわけではなく、胃ろうでの栄養摂取でも誤嚥性肺炎になります。人間は唾液を無意識に嚥下していますが、機能が衰えると誤嚥してしまいます。唾液の誤嚥は問題ではないのですが、その唾液の中に口腔内のバイ菌が混じっていると誤嚥性肺炎になります。

──やはり嚥下機能は重要なのですね。

摂食嚥下障害については、医療従事者でも知る人は少なく、咽喉科では喉の器質的な病変を診て、食べる機能までは診ず、歯科では治療の範囲が口の中のみになるので飲み込む機能についてはグレーゾーンです。患者さんが増えて、注目を浴びるようになった若い分野です。

若い分野だからこそ、病院・施設間の連携を大切に

──若い分野である摂食嚥下障害の研究を進める中で、一番、問題である点は何でしょう。

一番の問題は、その人にあった食事形態で食事をとっていないこと、例えば施設に入っている方、入院後の在宅治療の方で、本人や周りが気づかないまま食事をとっていることです。施設においては、施設ごとの方針で、嚥下食も施設ごとで異なります。栄養士の方が熱心に勉強されている施設では、見た目も考慮されている上、食べやすい形状で出されています。いろいろな施設を見ていると、全ての施設でそういった配慮がなされた食事形態が提供できたら、と感じます。


また、若い分野なので、啓発することも必要と思っています。啓発のために長野摂食・嚥下リハビリテーション研究会を立ち上げて、年に1回研究会を行っています。県内外から400人集まり、啓発活動をしています。
この他に、明日の臨床につなげる分科会を今年から始めました。少人数で地域ごとに開催しており、明日の臨床につなげる事と、地域との連携を目的としています。
中信地区の病院と施設のメンバーが、評価から訓練までを実習形式で行い、ワークショップでは、患者さんをどう診察して、転移先をどうするか、施設や在宅に戻るときはどうするかなど、状況ごとにグループでディスカッションをしています。メンバー間で相互に面識を持つことができ、病院や施設で何を行っているかも理解できるので、連携しやすい関係が作れています。

施設等の情報発信を

──嚥下機能を評価することの効果としては?

明確な評価は内視鏡やレントゲンでできます。内視鏡の良い点は、施設の食堂の画面につなげて、患者さんの関係者全員(栄養士、介護士、家族等)に見てもらうことができ、家族を始め関係者が納得するための評価ができることです。施設では、介助へのコンセンサスがとれ、申し送りが円滑となり、また、栄養士の方も工夫をしてくれるなどモチベーションが向上します。

介護保険には口腔機能維持加算等があります。施設が嚥下機能の評価・検査をして、経口からの食に移行するなど、入居者の健康状態を維持することで加算され、施設側の取組が評価されます。
このような手厚い介護ができている施設等の情報を行政からも発信してもらうと、利用者側にとっても良いことではないでしょうか。

──「食べる」ことは、人の大きな楽しみですが、飲み込む機能とあわせて味覚については、いかがでしょうか?

味もすごく大事です。おかずをミキサーにかける場合も、ひとまとめなのか、一品ごとなのか、見栄えはどうか、そして、味わうことができるのかを考えます。味も大事ですが、つぶつぶ感や歯ごたえという食感も大事な要素です。噛むことによって香りが口の奥から鼻に入り、食べている事でも匂いを感じます。ミキサーにかけた食べ物は丸呑みになってしまいますが、歯茎でもつぶれるくらいの堅さでも噛むことで食べ物の味わいが変わってきます。食事を味わうためには、その人の食べる力にあった堅さが大切になります。

「予防できる」 その意識を持っていただければ

──紙面を通して、みなさんに伝えたいことがありましたらお聞かせください。

一番知ってほしいのは、高齢者に多い障害として嚥下障害があること。そして、嚥下機能を評価すると大きな病気にならずに、その人にあったおいしいものを食べてもらうことができるということ。
今後、要介護高齢者も増えてきますので、摂食嚥下障害への啓発と、臨床的にはどういうことができるのかを発信していき、摂食嚥下障害は「予防できる」ということを啓発していきたいです。また、歯科の教育としても、勉強会等で啓発していきたいと考えています。既に県外からも学習で参加しているドクターもいます。

──「予防できる」ことを考えても、高齢になってからでなく、若い方も今から意識をもっていただきたいですね。

嚥下障害の予防となる口腔ケアのツールとして「ハミエール」を開発しました。
口腔内のバイ菌を減らすための歯磨きを、慣れていない介護者でも容易に磨けるように産学連携で開発し、大学で特許申請し、最終的に昨年製品化しました。高齢者の方には、口腔ケアを拒む方もいらっしゃいます。そういう方にも口を開けやすいように工夫してあります。"歯ブラシと一緒に"というコンセプトで価格もおさえて、子供版も開発中です。試験対象とした仕上げ磨きが必要な親子のうち、9割以上の方に使っていただくことができました。

健康で食べているうちには、忘れがちなことですが、生きていくために備わった「食べる」という機能を意識し、いつまでもおいしく食べたいですね。

──最後に地域ポータルに期待することについてお聞かせいただけませんでしょうか?

塩尻市民としては、イベント情報を発信してほしいですね。市内の企業インタビューは、その企業を知ることができとても面白いと感じました。

──ありがとうございました。

有難うございました。