株式会社デリカ

次代へ紡ぐ、0からの海外進出
株式会社デリカ

会社概要 

株式会社デリカ
業種:農業機械製造
所在地   長野県松本市大字和田5511-11
電話:0263-48-1180
FAX:0263-48-1190
 
設立:昭和28年4月28日
資本金:95,000千円
従業員数:128人
 

 

独断での海外進出準備

  ● 戸田社長

中村:
今回は中小企業の海外進出というテーマで、デリカ様のタイへの進出についてお話しをお聞かせいただけたらと思います。
やはり国内だけでやっていくのは厳しいとお考えだったのですか?
 

戸田社長:
農業機械の市場はもちろん国内だけでなく世界にあるわけです。
我々が海外へ展開する以前というのは、トラクターメーカーが国内向けと輸出向けの両方を国内で作っていて、海外のある程度の市場をカバーしてきていました。
まずは国内の大手農機メーカーの仕事をとにかく100%になるところまでがんばろうとしてきました。
 

中村:
 大手農機メーカーが2007年にタイへの進出を決めます。
この時に戸田社長は海外進出を提言されましたが、抵抗勢力で一度はストップしたとお聞きしました。
 

戸田社長:
そうですね。
ようするに海外などの見えないところへ出て行くリスクはリスクの大きさも見えませんし、我々の事業規模ですとちょっと変なことやると本体がこけるというような思いがあったと思うんですよ。
ですから、とりあえずどちらのリスクが小さいかという選択で、進出しない方がいいだろうという判断があったんだと思います。
 

中村:
このときが初めての海外進出になるんですね。
 

戸田社長:
そうですね。
やはり現地に行って大手と同じところで生産して納品しようという狙いなんですよね。
タイだと1年中暖かいし需要もあるし。
米だと年に最低2回多いところでは3回収穫できますから、そういう意味では大きな市場ということになります。
 

中村:
海外進出しないと決まりましたが、戸田社長が独断で人を探して海外進出を進められます。
このあたりのお話をお聞かせください。
 

戸田社長:
はい、確かに独断なんですよ。いいよいいよと言って後押ししてくれる声は一つも無いわけです。
タイへ出ないといけないと言ってるのは私一人ですから、もうほとんど独断ですよね、その時点では。

だけども、世の中の動きとか流れを考えたときに、会社があと3年か5年、私がリタイアするまで持てばいいよという考えだったらそんなことはしなかったと思います。
最初に起業されたオーナーがいて、ずっと紡いで昨年で60年経ちました。そういう60年の時にたまたま在社していたというだけであって、やっぱり企業はその先同じように繋いでいって将来の人たちもちゃんと事業を展開していけるようなレールを敷いたり素地を作ったりすることが、中間で橋渡しする我々の仕事じゃないかというふうに私は思っているんです。

だから自分がこうだからいいとか止めたとか言う話じゃなくて、そこにいる以上はちゃんとした形で将来の人たちが事業を展開していけるようなことをするのが役目だろう。
そういうふうに考えたら個人の損得とか大変さとか、そりゃ二の次であって、今やるべき事は何かということで挑戦してかないと成り立たないわけです。その時の思いはそういうことでしたね。

当然メーカーが海外進出しますので、日本の中で頑張ります頑張りますと言ったって物理的に頑張りようが無いわけで、メーカーさんが国内で生産しているものの何割かを持って出ちゃうわけですから絶対量も減ってきますし、そういう流れは確実に目に見えているわけです。
やはり次の一手を打っていかないとじり貧になってしまいます。


● 堆肥散布用機械マニアスプレッダ

 

明日から来るか!

中村:
それでハローワークに求人を出されます。
 

戸田社長:

とにかく海外進出をやる、行動しなければいけないことにしたんですけど、当然私も実務を持っているわけですから、一人では上手くいかないだろうし、ましてや海外での経験もないし、心意気だけはどうにもなりません。
海外でやれる人間を探すというようなことをフッと思い当たりまして、たまたまハローワークにお願いしたんです。

まぁ何人か対象者がいたんですけど、海外でちょっと経験したというくらいでなかなかいい人に出会いませんでした。
そうして切羽詰まっているところに、たまたま現在の現地の責任者をやっている人間に出会いました。

彼はメーカーで海外現地法人の立ち上げの経験もあり、起業的な気持ちが強かったんですね。
私の方の提案がほぼ合致したんで、「じゃぁ明日から来るか?」と(笑)。
ということで採用を決めました。
 

中村:
この採用はもともとタイへ進出するための採用なんですけど、会社の中では了解されていたんですか?
 

戸田社長:
当時の社長にネゴしながら、もう動かなきゃしょうがないんで、そのためには人がいると。
全員が賛成しなくても社長がいいって、いざというときに言ってくれればいいんだからそこは頼むって、ごり押しして説得したというか、採用したんです。
みんなが納得していたわけではありませんね。

 

OVTAでの人とのつながり

中村:
人は採用できました。その後の準備はどう進められたのですか?
 

戸田社長:
OVTA(海外職業訓練協会)注1で海外進出に関するセミナーを受講しました。
しかし、概略の話だけ聞いて帰ってきてもそれだけでは何にもわからないから、OVTAがもう少し深く突っ込んだタイの事情だとか法律の問題だとかを全国で会場を借りて教育を行っているらしいと聞きました。
じゃ、弊社もそういうのを受講したいとお願いしたら、どえらく偉い先生が講義するんですけど、その先生が大阪で講義やって帰るときにちょっと松本の方に寄って帰るから、デリカさんは特別に会社でやろうって話にしてくれました。
いやぁ、ありがたかったですね。デリカで10人か15人関係するだろうという人間集めて2日がかりでいろんな事を幅広く講義してもらいました。

 

 ● 出荷待ちの梱包された製品
中村:
プライベートセミナーだったんですね。

戸田社長:
まったく結果的にそうなりましたね、OVTAはいいところだなって思っています。
その講義もありがたかったんですけど、この先生の知人にタイ現地でコンサルタントをやっている人間がいて、タイで困ったらそいつに話しとくから、その方に相談しなさいという話をいただきました。

それが1番のOVTAの成果ですね。今でもコンサルタント契約したり、経理の関係も最終的にとりまとめしてもらったりしています。

その会社はいわゆる経理もやりますし、法律的な問題もやるし、弁護士も抱えてるし、起こったこと全てそこへ相談すれば一気通貫で解決するというすごい会社です。

我々がポンとタイへ行って人を探そうとしても、いっぱいまがいものだとかエセだとかいるわけですよ。
ですからきちっとした筋の人から紹介してもらえたというのはものすごくありがたかったですね。

 
 注1 : 一般財団法人海外職業訓練協会(:Overseas Vocational Training Association)は、民間企業等が行う海外職業訓練を援助することにより、日本の職業訓練分野における海外技術協力の充実等に寄与することを目的とする。略称はOVTA(おぶた)。元厚生労働省所管で、1982年(昭和57年)11月に設立。